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2013年 06月 25日

武士

6月25日  (火)

昨日一周忌が終わりました。 
方丈様にお経をあげてもらったが さっぱりと意味がわからない。 最初に説明があり、最初のお経は般若心経。 次は仏のどうたらこうたら・・・と聞いてるときは、「ウン・ウン」045.gifとうなずいてわかったふり。
最期のお経も同じで聞いたときだけ045.gifでした。

覚えてるのは、東北大震災で犠牲になられた人の分も「お経」を上げさせてもらいます。・・・・とそれだけは覚えてる。

▼ 都議選は自民の圧勝だった。 当然でしょう。 ブラジル対ザックジャパン戦のように 戦う前から力の差がありすぎた。
結果論をどうこういうのは好きではないが、潔さ(いさぎよさ)が日本人は足りなくなったように思う。

全仏オープンで優勝した「ナダル」がきのうウインブルドンで1回戦敗退した。相手は世界ランク135位だ。

ナダル選手のコメントが素晴らしい。スポーツだからどんなこともありうる。 相手が自分を上回る素晴らしいプレーをしただけと。
言い訳など一切していなかった。腰の不調や連戦の疲れもあったろうに。

昨年11月党首討論で安倍自民代表と野田総理が、議員定数削減のため衆議院を解散する約束をした。

野田総理は政治家のプロであり、解散すれば民主党が崩壊する覚悟でのぞんでる。崩壊してまでも定数削減は急務という認識で解散したはず。

定数削減・一票の格差是正は間違いなく行いますよ・・・って約束された側(安倍総理)は何を差し置いてもそれを遂行するのが、男ってもんじゃないでしょうか?
↓ 今日の記事です。
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▼ 「八重の桜」がいよいよ会津若松城落城となりそうだ。 松平容保は白虎隊に出動命令を下し、自らも城を出て陣頭指揮をした。
城の落城とともに会津藩は悲惨だった。生き残った武士は津軽?へ島流し。 なー~~も食べ物はないんです。
もっとも ひどい仕打ちを受けるのは当然だ。長州に至ってはハマグリ御門の変でほとんど戦闘員(武士)を失い。薩摩・幕府の連合軍とも戦をし、京都では会津と新撰組による取り締まりだ。 

北越列藩同盟の出羽庄内藩も会津藩と同じ境遇だった。

会津は京都を新撰組とともに治安をうけもったが、庄内藩は江戸の治安を新徴組(浪士結社) と うけもった。

庄内藩は鶴岡を城下とし、酒井家17万石の家康以来 譜代の家柄。

官軍は当然 徹底抗戦する鶴ヶ城に攻めた・・・・・が、 庄内藩は会津と比べようがないほど悲劇は起きなかった。

官軍の司令官が西郷隆盛だったからだ。

庄内藩士は自宅謹慎を命じられただけで、剣を帯びることは許され、市中では平常通り商売を許したそうだ。

西郷は城受け渡しの為に鶴岡城に入ったが藩主酒井忠篤と話合ったが、どちらが勝者なのかわからないほど、低姿勢だったそうだ。

庄内藩士はこの時 よほど西郷に感動し、 西郷が九州で戦をしたときは この時の「恩」に報いるため鹿児島へかけつけたそうだ。

▼ まッ 政治もスポーツも戦いと考えると、ど~も最近はスカッとしない。

韓国に勝ったイランがFIFAに暴力行為があったと訴えたそうだ。 

ヤワラちゃんが柔道界に理事に選ばれたそうだ。 彼女はオリンピック代表を決める試合に負けたが、本来なら出場はできない。 理事会で実績を買われ 選考会の勝者はでれずに敗者が選ばれたのが「ヤワラちゃん」。

そんな彼女は同じような選考会で どんな意見をいうんだろう?????・
おかしな話だ。

武士は喰わねど高楊枝 って言葉がある。 ヤワラちゃんも安倍総理も「義」・「恩」ってもんはこれっぽちも持ってないようだ。

薩摩藩の武士教育の根本は

ヨワイモノ イジメ スルナ という。
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by wagayanao | 2013-06-25 21:31


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