我が家のパート5

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2014年 01月 31日

ジャンケン

1月31日  (金)

グー・チョキ・パーは シンプル イズ ベスト。

最低限のサイクルで勝敗決める。 グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝ち 最強のアイテムはない。

ジャンケンは勝つか引き分けるか。勝敗を決めるのは「運」だけ。 まだ子供が小さかった頃、ジャンケンで遊んだ。

負けると(オレが)子供は大喜び。逆に子供が負けると悔しがる。 それがいつまでも続くのでこっちもイヤになり、子供と談合(駆け引き?)をした。

今度はお父さん「パー」をだすからね。

≪子供は当然チョキをだす≫

で、 ジャンケン ポン・・・・と

オレは裏切って「グー」を出す。    もう大変だ。 みるみる子供の顔つきが変わり泣き出すしまつ。

ジャンケンなりスポーツなり勝敗・優劣を決める場合は正々堂々・同じ条件でしなきゃーいけないってことが子育てで身にしみるほどわかった。

都知事選も終盤。 後だしジャンケンは有利というが、相手の出すのを確認するわけだから、それを正確にいうなら、「後だしジャンケンは卑怯」つまり≪無効≫っていうことだ。

▼ IPS細胞に続いてSTAP細胞を発見したが、ノーベル賞の選考は終わったばかりで選考が始まる頃には、新鮮味が薄れてしまうかと心配だ。

ノーベル賞も「後だしジャンケン」のように、なっては困る。
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by wagayanao | 2014-01-31 21:33
2014年 01月 30日

大寒

1月30日  (木)

大寒は二十四節季であるが、さらに節季を3分割すると七十二候とある。

大寒は1月20日~2月3日まで、 その中で七十二節季のうち

1月20日~1月24日は『款冬華』  (ふきのとうはなさく)

1月25日~1月29日は『水沢腹堅』 (みずさわあつくかたし)

1月30日~2月3日は 『鶏始乳』   (にわとりはじめてにゅうす)

3・4日前は鉛色の空。天気予報は雪模様だったが平場はほとんど雪は降らない。

その鉛色の空の時に粟ヶ岳は化粧に専念している。昨日は快晴で粟ヶ岳の雪化粧を披露してくれた。

全身、真っ白だが尾根・沢を同じ白で表現している。 今日も快晴だったが、裾野部分は雪が融けていた。

最近ではマレの小雪の年。そして暖かい。二十四節季の大寒は大外れだが、細目の七十二節季は的中のようだ。

『款冬華』これを「ふきのとうはなさく」と読ませるらしい。 去年は2月に信濃川の堤で「ふきのとう」を見つけたが、雪の下で固い蕾をつけており、雪解けと同時に蕾が大きくなる。

次の
『水沢腹堅』は「みずさわあつくかたし」と読ませるらしい。意味は沢に氷が厚く張りつめる。
この時期は凍った湖に穴をあけ、ワカサギ釣りが盛んな時期。

最後の
『鶏始乳』は「にわとりはじめてにゅうす」と読ませるらしい。意味は鶏が卵を産み始めるってこと。

女房がこれを見て(聞いて)、へー だから1月の卵は高いんだって。 

▼ 2月をとっこして3月の二十四節季は「啓蟄」で土の中から虫が動き出す頃

七十二節季は

『蟄虫啓戸』(すごもりのむしとをひらく)に『菜虫化蝶』(なむしちょうとかす)とある。

▼ 我が家はすでに3月です。 ↓
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1週間程前にフキノトウを採った時のビニール袋に入っていた葉っぱ。幼虫までもオマケでした。
急に暖かくなったのか動きが早い。モゾ・モゾ・モゾ・モゾと
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幼虫と葉っぱを処分したらポロッと黒いものが ↓
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死んでる 動かない まちがいなく 死んでると思い ボールペンで突っついた。 ↓
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なんか汁をだしたようだが やはり死んでるようだった。

・・・・と ↓
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生きてました。

この↑と一緒に採ったフキノトウです↓
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▼ 女房の誕生日(1月10日)にもらったグラジオラスの成長の早い事・早い事

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↑ 昨日撮影

↓ 今日撮影
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半開の花が全開。 
頭でっかちで葉っぱごとグルリンコと縛りました。 
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by wagayanao | 2014-01-30 22:30
2014年 01月 29日

前事之不忘

1月29日  (水)

当ブログは「歴史」・「自然」というフィルターを通して科学・政治・経済とこの時代の問題を考えるパターンが多いが、連続していないので300日前、400日前の投稿が重なる事がある。

今日の衆議院代表質問で『オヤッ?』っと思う質問・答弁があった。

一つは車で移動中に聞いた質問で(数十秒しか聞いていない) 民主党?の女性議員だと思うが、【ゼンジノ()フボウ】と聞こえ、えッっと思うと周恩来という言葉も聞こえた。

きっと田中角栄と周恩来の日中国交回復での会談だと思った。↓

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と同時に温家宝の言葉も思いうかべた ↓

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靖国にしろ、従軍慰安婦にしろ、安重根にしろ日本政府は解決済みという姿勢で中国・韓国からとやかく言われる筋合いはないという態度。

南京大虐殺があった とか それほどギャー・ギャー言われるほどの虐殺ではないという意見も日本の政治家は二極化している。

明治以降の日本が中国・韓国に日本軍が土足で入ったことは事実だが、それを検証し「アーダ」・「コーダ」という資格はまだ日本にはない。

日本に「非」はあるが世界の情勢から鑑みると、中国(清も含める)や韓国(李氏朝鮮も含める)も一方的には被害者ではない・・・・・・・・当時の日本もそれなりの理由っていうがあった。・・・・と日本からでなく、中韓から発せられるのを 待つしかない。

周恩来首相から贈られた【前事之不忘、後事之師】5文字と4文字が安倍総理の脳の片隅でもあれば、安易に靖国参拝出来ないはず。

温家宝首相からも国会で演説してもらったり、創価学会に書を贈った【慈航創新路、和諧結良縁】をもっと大事にする心構えが日本政府にあるならば、ここまで悪化することはなかったはず。

もう一つ 7時のニュースで安倍総理の答弁を「数秒?」見た。

明治以降文書の保管をないがしろ??にしていた・・・・のようなことを言っていた???んじゃないかな?

昨日までのブログで奈良・平安・鎌倉・戦国・江戸時代の文書の保管状況を書いたが、国家を左右するほどのない文書で、不倫あり人妻あり、離婚後の前妻はたまた妾の相続などなど他愛もないことでも文書として保管してある。

3・11後の政権内(民主党)の会議でも原発内の緊急を要する会議すら議事録が残っていない。
まだ、メルトダウンするとかしないとかの問題以前に、一度核融合なり核分裂をすれば制御は冷却するしか方法はないっていうのが、原発の原理の「ゲ」の字を知ってればわかるほどの問題。

原発のプロをを集めた会議なので、たとえ熱膨張による爆発的な破壊が起こっても、圧力容器・圧力隔壁で外部への放射能漏れはないとか、

その可能性は大いにあり、冷却するための方法なり冷却用の氷を全国から調達するとか、30Km圏内の住民を避難させるために非常事態宣言や民間の大型バス借り上げなど議論したはず。
議論もしていなければ、最悪・最低の政権

▼ 今日のブログは古文書を通して、3・11で世界が日本人の行動を称賛した、そのルーツを考えるつもりだったが、それは明日以降ってことで。
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by wagayanao | 2014-01-29 21:53
2014年 01月 28日

通夜

1月28日  (火)

お通夜にいってきました。 

お経が終わり、方丈様が故人を忍んでのお話にはうなずくものがある。

故人の生前の徳なり、あの世の話なりそれぞれ違う話だ。 頭の片隅に入れなきゃなんないが、葬儀の終了とともにすっかりと忘れてしまう。

葬儀場の入り口は東。 棺と祭壇は西においてあり、参列者は東から入り、式場の椅子に座る事になるが、これは、
東には「お釈迦様」が背を押し、西には「阿弥陀如来」がおり、引っ張りよせてくれているそうだ。

方丈様は参列者に向って 下田の公楽付近で「渡し船」があったのを御存じでしょうか?と問うと・・・・

参列者の中で何人かは知っていた。

船頭の歌も紹介したが 覚えていない。 

【船頭はただ渡すだけ。 船頭は対岸の岸には下りない。 お客を下せば またもどるだけ。】 こんな歌だったようだが 何を意味するかよくわからんかった。

たぶん 春と秋の彼岸の事を対比して話したと思う。 

ブラックホール・ヒッグス粒子などNHKで紹介し90%解明できたとか99%解明出来たとかニュースとして話題になり、方丈様もそういった科学技術も興味があるらしい。

飛行機がなぜ飛ぶか? これは99.999%浮力で証明できてるそうだが すべては解明されていないそうだ。

人も100%の生を堪能してなくなる人はまずいない。 それを受け入れるしかないそうだ。

偉そうに話をする方丈様は 坊主ってのはビガーですよ。「乞食」ですよっていう。 生産出来ない職業なんです。
乞食ですから人の住んでいない山では生活できない。 人里のあるところしか生活できない。

食事は「托鉢」で一軒、一軒お経をあげ、米粒を少し恵んでもらって生活をしている。

▼ まさか下田の渡し船の話がでるとは ??・でした。 ちなみに 定光寺の前方丈様は地区の子供達をつれ、弁当持ちでその下田の公楽付近にピクニックする行事があったそうな。
場所はここ ↓

↑ この話 オレは全然覚えていない。兄が公楽付近を通った時に聞かされた。
幼稚園の頃だったのか?小学校の低学年だったのか? 定光寺からの距離は10Kmありそう。
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by wagayanao | 2014-01-28 21:33
2014年 01月 27日

貞永式目

1月27日  (月)

貞永式目は鎌倉時代。 当時の憲法だが今の時代にも充分通用する。

それ以前の聖徳太子の「17条の憲法」も今の時代にも充分通用する。 いまさらながら、日本の先人は偉大だった。 

まッ 昨日のブログの続きだけ。

貞永式目は全部で51条。そのうちの3条を紹介します。

第21条  『妻や妾に相続した土地の離別後の取り扱いについて』

離別した妻や妾に落ち度がある場合は取り返してもよい。 
新しい妻や妾を可愛がり、なんの落ち度もない前妻や前妾を離別したときには、前妻や前妾に与えた土地は取り戻すことはできない。


第22条  『離縁した先妻の子供に与える財産について』

相続の際に五分の一を与える。ただし、離縁前に多少なりとも財産が分けられていた場合は、その分を差し引いてもかまわない。
しかし、その子が怠け者であったり、不幸者のときはその必要はない。


第34条  『人妻と密懐することの禁止』

人妻と密通した御家人に所領の半分を没収する。所領がない場合は遠流にする。
相手の人妻も同罪とする。

また、道路上で女性を拉致(レイプ)することを禁止する。
それを行った場合、御家人の場合は100日間の停職とし、朗従以下の一般武士は頼朝公からの先例にしたがい、片側の髪をそる。
僧侶の場合は時々の状況に応じて罰を決める。

最後の僧侶の場合だけは今の時代に当てはまらないが、他は現代と同じ。 まッそれはそれでいいが、21条・22条・34条と条文に書かねばならないほど、男女間の関係が乱れていたってことでしょう。

と、同時に女性は、地位も名誉も権限が 当時は相当あったんでしょう。

もっとも鎌倉幕府の頼朝公の奥さんは「北条政子」。
日本歴史上最強のファーストレディーだから無理もないか。

先日のセンター試験に出題された『古文書』の「東寺百合文書」にも男女間のもめごとも載っている。 

続きということで・・・・・・・ 
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by wagayanao | 2014-01-27 21:11
2014年 01月 26日

日欧文化比較

1月26日  (日)

『日欧文化比較』なんて堅苦しいがポルトガル宣教師「ルイス・フロイト」の書いた書物だからしょうがない。

16世紀の織田信長・豊臣秀吉の時代の日本の文化です。

で、今日はかしこまって『文化』のブログです。

フロイトの報告書です。 ↓

① 日本の女性は処女の純潔は少しも重んじない。 処女でなくとも女性の結婚は意のまま。

② 日本の夫婦の財産は各人が自分の分を所有し、ときには妻が夫に高利で貸し付ける。

③ 日本では妻が夫を離別する。

④ 日本の女性は親や夫に断りもせず、自由に好きな所にいける。

⑤ 日本では比丘尼(びくに)の僧院はほとんど淫売婦の町になる。

・・・・・・・・でまだまだあるが、解説もあるのでこの辺で、

①は女性のセックスはオオッピラであって、それゆえに世の男性は「処女」なんて希少価値の女性は 誰も男が手を?足?を出さん女をかえって怪しんだ・・・・・・(オレの憶測)

②は当時の男性は野良仕事以外の楽しみは女と博打しかない。博打に負けて帰ってくる旦那には妻は冷たくあしらったわけだ。金を無心すれば高利で貸し付けると。・・・・・(これもオレの憶測)

③は明治までは夫は自由に妻に離縁状を出す権利はあったが、実際は権利でなく「義務」だったといのが現状だという。
離縁状は「三下り半」と呼ばれ3行と半分の文章で事足りる。離婚の原因など離縁状には必要もない。
新潟県の古文書の離縁状です。 ↓
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最初は書類のタイトル。 去状は離縁状の事で、離縁状を一筆書きます ってこと。

1行目は離婚の原因で詳しくか書いておりません。 『其方義不熟二付』と 不熟だけしか理由になっていない。
以下 読めばなんとなくわかると思います。 以下 オレ流に訳してみました。

其の方、イマイチ器量が悪いので このたび相談のうえ 離婚する。 以降 其の方が再婚しようと当方は一向に関係しません。 なんて感じでしょうか。
昔の川柳で 【去状を 書くと入り婿 おん出され】 逆玉である婿ドンも出来が悪いとオン出されるが、去状を書くまでは法律上婿の立場は保証されるが、去状を無理やり書かされ「粗大ゴミ」のように放りだされたのが実情のようです。

④は今の時代信じられないが、若い女性でも何カ月も旅に出たそうだ。 しかもほとんどお金を持たないで。
そういった女性を泊めてくれる宿もあり、旅の目的は神社・仏閣参拝もあれば、綿摘みや稲刈りと称して働きに出る女性も多かった。
女の一人旅や女だけの旅は、「レイプ」もあったらしいが、『貞永式目』で厳しくそれは禁じられていた。
なんか『貞永式目』って中学の歴史でならったようだが、強姦禁止なんて法律だったとは知らなかった。
レイプのパターンは坊様が多いが、坊様は禁欲生活をしており、場所?強姦場所が?神社・仏閣という「天下の御許し(おんゆるし)」であり、『貞永式目』も
法師については斟酌あるべし」・・・・・と坊様にとって都合のいい文言が載っている。

旅の恥はかき捨てってコトワザはセックスを楽しんだ女の旅人の心情なんでしょう。

⑤の比丘尼(びくに)は尼僧のことだが、お祭りや仏教の法会のときは、大勢で「お籠り」をする。 これは全国的にあったそうだ。
その「お籠り」は男女とも同じ部屋で雑魚寝の状態。 夜だから真っ暗。 かすかに夜月やロウソクの灯りだけ。

男女の雑魚寝だから、集団でフリーセックスが常態化していたそうだ。 身籠っても「神様の子」ってことで、旦那は誰だ? なんて野暮なことをいう人はいない。

他に「夜這い」という習慣も全国にあるが、「夜這い」にもルールってもんがあり、古文書にもそれらしきものが残っているという。 言い伝えならどこにもあるが。

夜這いされる方は「後家」が圧倒的に多いが、夜這いする方もされる方も、ルールにのっとり行為を行う。

若者(童貞)の場合は後家さんは「手とり・足とり」セックスを若者に教えねばならないそうだ。

その若者も次・次と練習?を重ね大人へと成長していく。

「夜這い」という習慣も子孫繁栄という、大袈裟にいえば 「おらが村」の隆盛を願っている行為。

「村」に男と女の数が充分にいれば、他の村から「夜這い」にくる男を阻止しなければならない。

出雲の国は国境を越えてくる「備中」のもんに来させてはならぬと、国境で待ち構えて追い払うなんて記録もある。

「夜這い」といっても今の時代のレイプのように暴力的でなく、紳士・淑女のお行儀のよい前提。

高貴な後家は女性が和歌を詠み、下の句を上手に応えるとか、女性が謎をだし、上手く応えられるかがものに出来るかが条件だったようだ。


▼ 昔の男性は教養も必要。 もちろん体力も。 下手なことをすれば離婚だ。 昔が良かったような、今の時代が良いような。 と 男と女の関係はいつの時代も難しい。 021.gif
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by wagayanao | 2014-01-26 18:03
2014年 01月 25日

陣太鼓

1月25日  (土)

今日は陣太鼓について考えてみた。

県央工業が新潟大会で優勝し、初の甲子園出場の翌年 県央工VS日本文理の試合を見たが、文理の迫力ある太鼓には度肝を抜いた。 ちょっと前、映画のレッドクリフ(三国志の赤壁の戦いの場面)で、曹操の進撃の陣太鼓と同じような迫力を感じた覚えがある。

太鼓ってのは、筒に革を貼った単純な楽器なのにアピール度は大きい。佐渡を拠点とする鬼太鼓・祭りの囃子太鼓など打ち方でいろんな表現ができる。

戦国時代の戦いで勝敗を決めるのは、兵隊の数と質・火力、兵器の質だが それ以上に一人一人の気概。気のもちよう。

一打・一打鳴らして前進。 連打で突入・戦闘始め さらに連打で全軍奮起せよ。・・・・と太鼓の打ち方で勝敗が決まった。

近代の戦いで戦場では太鼓では用をなさない。近代はラッパを使う。

ラッパも太鼓と同じに単純な楽器だトランペットのように指を使う部品?はない。ただ強く吹くか弱く吹くかで兵士を自在に動かす。

パパラパー パーパパラー パパラパパー・・・・・は突撃

パパラー パパラー・・・・・・は撃ち方待て    のように。

以上は本題の前の余談でした。

以下 本題です。

気象用語で季節の変わり目で、春一番 木枯らし一号ってもんがある。

春一番の定義?は立春から春分までに南寄りの暖かい風をいうが、まだ大寒なのに今日は暖っけ~雨。

木枯らし一号は秋から冬にかけて、晩秋に吹く強い北風。

▼ 「春一番」も「木枯らし一号」も季節の変わり目を示す、昔からある言い伝えなんでしょう。

で、誰もが経験してるし、毎年の自然現象なのに春から夏・夏から秋・秋から冬・冬から春の陣太鼓がある。

その季節の変わり目の陣太鼓(カミナリ)に呼び名が無いってのも、どういったもんですかねぇ~~。

今日もまとまりのないブログのようです。

▼ ブログを書きながらタイトルに見合ったユーチューブでバックミュージックを聞くのが究極の楽しみなんです。

今日のバックミュージックは・・・・・

ニニ・ロッソの夜明けのトランペット と 別れのトランペット

岩手の少女 佐々木さんの『うさぎおいし~かの山~』の故郷はなみだ・涙・(=_=)

キャンディーズの「春一番」 ・ 「微笑み返し」・・・・・・

で、去年の流行語大賞の『倍返し』はどうもねぇ~046.gif

「微笑み返し」 や 「「恩返し」 ならOK。045.gif
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by wagayanao | 2014-01-25 21:35
2014年 01月 24日

1月24日  (金)

普通 小説とか記事とかの文の合間に「余談だが」・・・・とか本題とは直接関係ない事を紹介している。
(プロフェッショナルの場合)

だいたい文筆家というのは早稲田大学文学部卒。当方は工業高校機械化卒なもんで、文章どころか設備工事関係以外は「ど素人」。

なもんで、いきなり「余談」です。

昨日のブログで『手数料』について書いた。 国連の収入は各国の分担金と書いて、日本の負担はアメリカの次で2億7600万ドル。中国は日本の半額と書いた。日本に比べ中国は安すぎるって思いで書いたつもりだったが、とんでもない思いあがりだった。 中国も韓国も口だけはよく出す。イザ金を出してくれと頼んでも出るのは赤い舌だけ。
人はこれを 『アカン べぇ~~』という。 まぁ それはお国柄でしょうがないが、日本の負担金が安すぎる。
っていうのは、田中将大(マー君)が7年間だけど1億5500万ドルで契約したという。日本国の負担金の半額以上の稼ぎってこと。 マー君一人で常任理事国の中国と同じ負担金。 韓国の2年分の負担金をマー君が稼ぎだした。 すごい事ですね。

もうひとつ昨日の『手数料』の余談です。 

手数料を江戸時代は「従価銭」と書いたが、今日の朝日新聞「天声人語」では明治の初めの事を書いてあった。 ↓
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収入印紙は明治の初めにでき、農民だけでなく、商工業者から税金をとる狙いだったという
最後に「すっきりさせてはどうか」とある。大賛成だ。 ついでに収入印紙と収入証紙を一緒にしてもらいたい。

▼ 本題に入るまえに もうちょっと余談・・・・・・をと。

明治初期にやっと商工業者から税金をとる仕組みができたが、それ以前はどうだったんでしょう。

百姓は年貢という税金。商工業者は時代劇でおなじみの「越後屋~~お前も悪じゃのぉ~~~」と お代官様に「袖の下」で済んだ。

百姓の年貢の基準となる「田んぼ」の面積は豊臣秀吉の太閤検地までさかのぼる。 で、この「田んぼ」の測量で百姓から年貢の取り立ての制度としてほぼ完ぺきに整った。

採りたて役の役人も人の子。 誰から取り立てるか前任者から引きつぐだろうが、前任者が突然死んだ場合、引き継ぐ事ができない。
秀吉の頃はすでに「戸籍」というものがあり、前任者がいなくとも戸籍をもとに引き継ぐことが可能であった。

やっと 本題です。

じゃー「戸籍」はいつごろできたの?っていうと・・・・・

▼ 645年・ ムシゴメ・大化の改新と一度は聞いたことがあるの頃から、急ピッチで作り上げたようです。

政治を行う以上税金をとらねばならない。 税金をとる以上国民を把握しなければならない。 ってことで戸籍作りを大々的に行った。 これが7世紀後半。

戸籍には女・子供・病人・年寄りまで載せる。そこで身体障害者や重い病気の人は課役(税や公共工事の仕事)を免除したり、そういった人には介護者を決め介護してやるって原則があったそうだ。

政治が安定していれば、いいが、そのうち飢饉や戸籍によって重い課役を賦課すれば当然、浮浪児や逃亡する人が増え政治上でも問題になってくる。

8世紀初めには、そういた人々の救済として「悲田」 ・ 「施薬」という施設を作った。 「悲田院」は孤児などを収容。「施薬院」は病人を収容。これを国家が税に対し、国民へサービスの始まりでしょう。 
弱者を救うってことは8世紀頃から行われていたんですね。

「施薬院」は病院となり、「悲田院」はオレの想像だが、明治以降、「感化院」→「少年教護院」→「少年院」または「児童自立支援施設」など枝別れしたような?

ちなみに童謡 「ちいさい秋みつけた」のサトウハチロウは感化院を出たり入ったり。 小さい頃問題児だった彼も大人になれば、そんな事があったの?で 立派に更生した。

▼ そんな意味を含めて「悲田院」の枝別れしていきついた先が「衆議院」 ・ 「参議院」ではなかろうか?

何百人もいる議員さんよ。 そこで頭を冷やしてみたらどうだろう。

あぁ~ またも まとまらないブログでした。008.gif
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by wagayanao | 2014-01-24 21:27
2014年 01月 23日

手数料

1月23日  (木)

手数料について考えてみた。 仕事がら、水道申請や道路使用許可などで、名前は手数料ではないがそれに類した金を払う。 まけてくれなんて言えない。 

警察への道路使用許可では所定の用紙に2300円の印紙を貼る。 これが手間。 わざわざ銀行に買いにいかねばならない。 警察の窓口で直接現金で払えば簡単なのに。

水道申請は金で払うが、窓口が違う。 これもめんどう。

役所の担当者がネコババするのを防止する意味なんでしょうかね? 

まッ その手数料にも歴史があってのことなんでしょう。

幕末 諸外国から鉄砲やら大砲をこぞって輸入した時期があった。

大砲を1000万で外国から輸入しようとした場合の許可と手数料は並大抵ではなかったそうだ。

まず、幕府の許可が必要。

幕府の許可をもらうに幕府の通詞を介する。ここで手数料

次に町役人に届けをだすに、手数料

輸入が認められている長崎奉行に手数料プラス関税。

関税は『従価銭』といい、現代の消費税や従価税に相当するらしいが、役人の手数料がほとんど。

で、1000万の大砲が1500万になり、一つの部署の役人の取り分は3~5%であり1年勤めれば、ホックホク。

この悪しき仕来たりを少しずつ改善して現在のような、少額となったんでしょう。

市・県・国の手数料や税金は負担した分をサービスとして見返りがあるが、国連の場合はどうなんだろう?

国連の収入は各国からの分担金でまかなっている。 総額26億7000万ドル。

1位はアメリカで22%の6億2100万ドル

2位は日本で10%の2億7600万ドル

経済大国に仲間入りした中国・韓国は

6位の中国は5.1%で日本の半分。  13位の韓国は2.4%で日本の1/4と???????少額なんですね。

経済危機のスペインですら9位。 暴動のおきたブラジルが10位なのに、ロシアが11位と なんか信じられない負担割合。

▼ 一昔前の建設業は談合屋というのが存在していた。 営業という会社の肩書だが、談合のみしか仕事をせず、暴力団まがいの脅迫047.gifでその場を仕切っている。

国連の分担金を決める会議でそんな営業マンが存在してると、考えたくもなる
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by wagayanao | 2014-01-23 18:02
2014年 01月 22日

動物達

1月22日  (水)

福沢諭吉は100年ほど前に「天の上に人を造らず。 人の下に人を造らず」という有難い言葉で有名だが、その昔はもっとよかった。

人間どころか動物達も平等で平和に暮らしていた。

えっ 「うそっ」と思いでしょうが、平安時代に書かれた書物が残っている。 それもイラストつきで。

「鳥獣戯画」というやつ。カエル・ウサギ・猿と仲良く遊んでいます。

最初は神様はそれを容認していたが、あまりにも遊びすぎるので、神様は動物たちにも序列があった方が良いと思い、動物達を競争させたそうだ。

元旦にあいさつに来た順番で1位から12位まで表彰してやるという。 このレースの結果や途中経過は小さい頃誰も聞いたことがある。

足も遅く 動作ものろい牛は 前日の大晦日かから神様の家に向って走った(歩いた?)という。 おかげで一番乗りのはずだったが、牛の背中の乗かかったネズミが神様の前で飛び降り、見事優勝。

そんなわけで、 ねー・うー・とら・みーと十二支ができあがった。

我が家の十二支です。 ↓
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紹介します。 順に。

ウマ・・・・・オレ

ネズミ・・・長男とその嫁さん。 二男の嫁さんの計3人

トラ・・・・・二男

サル・・・・三男

ウサギ・・初孫

イヌ・・・・女房^^^^^^^^^しめて合計8匹。

これで〆るつもりはありません。 三男の嫁さんと2番目、3番目、4番目の孫ように準備もしております。

これです。 ↓
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by wagayanao | 2014-01-22 21:58