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2015年 01月 31日

賛美と靖国

1月31日  (土)

「賛美」はほめたたえる事という意味だが、神様に対してはピッタリの言葉。 とくにキリスト教の讃美歌は日本人の仏教徒でもよく歌う。

♪ キィーヨォーシィ~ コォーノォーヨォールゥ~~。はクリスマス時期にはどこにも聞こえる。

キリスト教は神の教えと共に、キリスト様を賛美する歌で、信者獲得や信者同士の融和に成功し、世界の三大宗教となっているのだろう。

仏教はインド・東南アジア・中国・韓国と日本が主だが、インドでの仏教徒は少数派。他のかつては仏教国もキリスト・イスラム教の勢いに押されっぱなしなようだ。

神道は少数派であり、その国で、それぞれの神様がいるわけだから、統一なんて不可能。

で、仏教もいくつかの宗派はあるが、祖である「お釈迦様」は同一人物だ。 で、仏教はキリスト教のようにお釈迦様を賛美するような曲はない。

神道も同じ。 せいぜい鉦・太鼓・木魚・笛で式典?を盛り上げることで精一杯。 仏教も神道もこれではいかんと考えた。

上杉謙信は熱心な仏教徒であり、信仰・崇拝する「毘沙門天」のおかげで、戦争は負け知らず。 仏教には祖である「お釈迦様」以外に、毘沙門天や広目天など心強い助っ人がおられる。

対する神道も祖である神様のほかに「七福神」なる助っ人がいたが、いつのまにかお寺様に乗っ取られる始末。

神様も奈良・平安時代までは日本を君臨したが、南北朝動乱を境に室町・江戸時代はくすぶり続ける。

ところが、幕末 薩長が「錦の御旗」をたて、大政奉還に成功するやいなや、王政復古の大号令。

とはいっても、明治天皇のキャラだけでは物足りない。 そこで神に匹敵する尊い行為を推奨するようになった。

 天皇に忠誠だった楠正成は、武運つたなく戦死。 これを明治維新後全国のPRし銅像までたてた。

そのうち日露戦争が勃発すると、海軍の広瀬少尉を「軍神第一号」に祀りあげた。 たしか渋谷?に巨大な銅像が戦前まであったとか。

203高地で愚作な作戦を繰り返した 乃木将軍も神様に。 そのへんで「よせばいいのに」戦争でなくなった英霊を追悼する施設である祀っているのが「靖国神社」。

英霊を祀るだけでなく、英霊のおかげでインド・パキスタンを含む東アジアが列強から独立できたなんて間接的にいいはじめる始末だ。

靖国神社の見取り図です。(パンフレットより) ↓

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赤四角枠です。 ↓

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パール博士だけでなく、中国とオーストラリアだけが最後まで天皇の責任追及したと記念碑をおけば平等なのに・・・・・。

パール博士顕彰碑を建てた意味は、インパール作戦を日本軍はインドのために「義の戦い」をしかけたが、残念ながら負けてしまった。 だが戦後すぐにインドはイギリス植民地から独立できた。

まさに命をささげた英霊にふさわしい話でしょう。

当ブログはこれを否定するわけではない。 まして靖国・天皇も否定はしない。 「古事記」を読んで以降は天皇ファン・神様ファンにもなっている。

ちなみに大東亜戦争での突撃・玉砕・特攻と英霊のおかげで、インドのほか南太平洋諸島・東南アジアの小さな国々の独立機運が高まって列強が手をひいたのも事実だろう。

ただ・・・・・。 ↓

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↑ このイラストは誇大広告って感じ。 JARO日本広告審査機構はボス(国)が同じだから文句を言えないんでしょうか?

安倍総理の戦後70年の談話も有識者を交えながら検討中というが、まずは反省からでしょう。

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by wagayanao | 2015-01-31 21:33
2015年 01月 30日

責任転嫁 と 靖国

1月30日  (金)

やっぱり・・・・何度考えても・・・・・総理の言葉を聞いても・・・・・・中国・韓国の靖国参拝批判をきいても・・・・

靖国は本来の姿に戻すべきだろう。

 ① 国のために戦争で殉職した英霊を追悼する施設・神社へ。・・・と。

それには、戊辰戦争の官軍・賊軍もない。会津藩士・新撰組も祀るべきだ。

靖国神社から一切の天皇家に関する飾り物を排除する。菊の御門・塀垣の横5本線。 それを飾ってるばかりに、国のために殉職でなく、天皇のために殉職になってしまう。

たとえ東条英機のように戦犯として絞首刑にされた人も祀るのも良し。

戦前の天皇の地位は日本国の最上位であり総責任者。 新憲法では、国民の象徴=シンボル。

勝手に靖国神社に天皇というシンボルを掲げられたら、天皇も可哀想だ。 昭和天皇は戦後、靖国へ行っていないそうだが、それは無言の抗議ではなかろうか。

英霊のなかに「天皇陛下 バンザイ」と死んでいった人も多い。 それを考えれば誰よりも 参拝しなければならない天皇が、戦後 一回も参拝しないのは、政府のいいかげんな靖国の扱いに抗議なのだと思う。

 ② 靖国神社敷地内には、戦争を否定・肯定するような遺品・武器等は展示しない。

それらを展示する遊就館です。 ↓

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玄関ロビーにゼロ戦とSLが展示。 写真撮影ができるのはここまで。
90分くらい拝観時間があったが、じっくりと見学しようものなら1日コース。 せめて写真撮影ぐらいはOKにしてもらいたい。
あくまでも遊就館は「展示用の館」なので、英霊には失礼に当たらないとおもうが・・・・。
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by wagayanao | 2015-01-30 21:26
2015年 01月 29日

国家

1月29日  (木)

靖国神社内の遊就館に忘れたカメラが今日戻ってきました。

遊就館拝観後、出口付近でカメラがないことに気付き、受付に紛失物として伝えて、誰が見つけたのか、宅急便で送られてきた。

まッ これが日本だから、無事に届いたんでしょうか。 つくづく日本に生まれてよかった・・・・と実感。

また、個人的にも日本の歴史は世界に誇れるものと思ってはいる。

前にもブログで書いたような気がするが、歴史の評価は最低100年をすぎないとできないという。

その時代、時代に「ヒ―ロ―」が登場するが、その「ヒーロー」は敵を攻撃・抹殺したり、地位も財産も奪い取ったりもしているのが実態。

その「ヒーロー」の敵方である親戚縁者が生き残っている以上、あからさまに非難もできない。

国内だけなら、まだしも国際舞台での歴史となると簡単ではない。日清・日露戦争で日本は大勝利だったが、今でも、当時の清国・ロシアの政治体制を日本が非難はできない。 ・・・・とすれば双方とも相当な死者が出る訳で、何の目的で戦ったのかわからなくなってくる。

△ 太平洋戦争で特攻にでる兵士は「靖国で会おう」と出撃していったという。 じゃー「靖国」ってなんなんでしょう?

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天皇陛下万歳と玉砕した日本。 なんだか総責任者は天皇陛下のような気もする。 でも戦後の裁判では、天皇陛下に罪は問われなかった。 

「靖国」は明治維新後すぐに、その前身が出来ていたが作ったのは天皇でなく軍部。 戦場で死ぬことを尊いことを教え込んだのも軍部。

「靖国」の名目は国のために犠牲となった「英霊」を追悼するためと、参拝する歴代総理は必ず言う。

国を上げての追悼施設なら、靖国神社の門前の天皇家のマークは外すべきだろう。

靖国神社をぐるっと囲っている塀垣は横線が5本。 これは神社だけでなく寺院にもある。 天皇家にゆかりのある神社・仏閣に許された印だそうで、5本は最高位を意味してるそうだ。

この横線5本も外すべきだろう。

当方は右翼でもなければ左翼でもない。 かといって中立でもない。 

日本の総理は「靖国参拝」で近隣、とくに中国・韓国にヒンシュクを買っている。それが靖国神社。

日本を支配しているのが天皇で、その属臣が内閣総理大臣なら、年に1回靖国を参拝し、戦死者を追悼するもいいだろう。

中韓と靖国問題で頭を痛いのは、天皇様が一番でなかろうかと思う。 中韓とトラブルがあったとしても、総理大臣は任期中だけ。

その責任が天皇様まで及ぶことはないとおもうが、天皇様も人間だ。 トラブルが続けば、「天皇やーめた」なんて事が起るかもしれない
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by wagayanao | 2015-01-29 23:31
2015年 01月 28日

警鐘と反省

1月28日  (水)

昨日のブログタイトルを「義の国」としたが、文を書いているうちにまとまらなくなっちまった。

日本は天皇でも武士での政権は常に天下に公明な「義」をもって成立していた。 その政権も長く続けば、腐敗し、次の政権にとってかわる。

唯一の例外が室町幕府後半。 足利将軍の名は残っているものの、実質は松永・三好の武力に頼るだけで、「義」という名目は存在しなかった。

「義」をかかげることで、徴用された一般人の戦士も国のために命を捧げた。

殉職した人は英霊となり、ヒーローにもなれた。 日露戦争で旅順港閉塞作戦で亡くなった広瀬少佐が良い例。 
ただ彼は職業軍人であり、部下をつれての作戦中の戦死であったことで、他の一般人兵士の殉職とはチト違う。

イスラム国・アルカイダ・ボコハラムと過激集団は自爆行為が盛んだ。 アメリカ9・11ツインタワー突入。爆薬を満載した自動車が教会に突入。 もっと単純でひどいのは少女の体に爆薬を縛り、遠隔操作で少女もろとも爆発。
これらの共通は殉職することで、英雄となり、天国で幸せな生活を送れるという、ウソを信じている人達だ。

日本から遠い地域の話だが、70年前の日本はこれ以上に大規模で、国家主導でやっていたんです。

戦後の歴代総理は同じ過ちはくりかえしません。って言葉はよく聞きます。・・・・・が戦後50年たって、やっと村山談話で少し反省の言葉がでました。

安倍総理になってからは、野党からも村山談話を検証すべきだ。とか従軍慰安婦はなかったなどの声も大きかった。 朝日新聞の従軍慰安婦問題で報道内容が間違っていたという声明後、これらの声も小さくなった。

今年は戦後70年という筋目で、安倍総理は「安倍談話」を終戦記念日頃に発表するそうだ。

昨日の朝日新聞「天声人語」です。 ↓

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司馬遼太郎も「義の国 日本」がなんで、あんな戦争をしたのか自ら問いかけている。 結論は『統帥権』とという。
(色文字はリンク)

靖国神社の隣に遊就館という資料館がある。おもに太平洋戦争の資料だ。 ↓

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ベニヤ製のボートに爆弾を積んで敵艦に突撃です。 アルカイダは爆弾を積んだ自動車だ。

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見開きのページには大きなイラスト。敵艦からサ―チライト・銃弾を浴びながら勇敢の操縦し、突撃する様が描かれています。
文を読まずとも自爆行為を賛辞しています。

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↑ 人間魚雷「回天」もパンフレットです。赤丸では「回天」の攻撃で爆発炎上する敵艦が写っています。

一人の命と引き換えに、大きな戦果を得たと、何も知らない国民に大勝利・大勝利と当時報道したのでしょう。

これらの行為・作戦は今の時代許せるものでない。 ・・・・・が靖国の就遊館では、堂々と展示している。

良いように解釈すれば、当時の日本は、劣勢を挽回しようと、若人が命と引き換えに国を守ったと。 だから靖国はその英霊を祀っているんだと。

日本は「義の国」である。 欧米列強にアジアは踏みにじられている。 「義の国」日本はそれに立ち向かねばならない。 物量にまさる敵にでもアジア諸国救済のための戦いだったんだ。

・・・・・・・と遊就館はいってるようだ。 こんな考えを持つ国会議員も何割かいるはず。

△ 安倍総理は有識者の意見などを聞いて談話を発表するつもり・・・と今日の国会答弁でしたそうだ。

もう そろそろ、さきの大戦は「義」を旗印にした侵略戦争だったと談話すべきでなかろうか。
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by wagayanao | 2015-01-28 21:33
2015年 01月 27日

義の国

1月27日  (火)

① 身内に靖国神社に祀る人はいない。 まして千鳥ヶ淵戦没者墓苑なんて関係もない。 

② 神社に参拝するときは、合格祈願や安産・家内安全などの自己都合ばかり。

③ 本殿に向って、国家のために命を捧げた英霊に頭をたれたが、神道の所作「二礼・二拍手・一礼」でなく、どちらかといえば、仏教式の手を合わせただけ。

①・②・③共当方の事だが、同じように思ってる人も多いだろう。
また、8月15日終戦記念日に首相が靖国参拝すれば、必ずニュースになる。 個人として参拝したのか?内閣総理大臣の肩書で参拝したとか、また、中国・韓国からは戦犯者を祀ってる神社に、日本代表者である政治家が参拝するとは、とんでもない。・・・・・と。

そもそも、〇〇神社は、古事記にでてくる、実在しない神様(天照大神)や書の菅原道真などを祀っているのが、明治以前の神社。

それが、幕末動乱以降から太平洋戦争までの数々で戦死した人を祭神とした神社が全国にある「〇〇護国神社」。

新潟県に関係した人で、国の為に亡くなった人を祀っているのが、「新潟県護国神社」

京都で刺客に襲われ亡くなった「坂本竜馬」。京都護国神社に祀っている。彼はまた「靖国神社」にも祀られるともいう。

で、勝手な想像だが、県警は各県にあるが、北海道なら「道警」。京都府なら「府警」。 東京都なら「都警」と呼ばれるはずなのに「警視庁」と別格扱い。

靖国も同じような発想で、全国にある〇〇護国神社と格の違いを誇示するために、誰かが「靖国神社」と命名し、祭神も出身地・亡くなった地など関係なく、日本を代表するような有名な人を祀ったのだろう。

国家のために命を捧げた、いわゆる「英霊」を祀る施設が靖国・護国神社。

その英霊を祀り、鎮魂するには母体である「日本国」が正義の国であることが大前提。

昨日のブログにも載せた靖国神社においてあるパンフレット(小冊子)の一部です。 ↓

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絵はインド軍の行軍を日本兵が笑顔で見送っている。日本兵がインド兵にタバコの火をつけてやるなんて光景も描かれている。

ページをめくってみれば・・・・・

インパール作戦に参加した日本軍78000人。 同インド国民軍15000人。

戦没者 日本軍49000人。 同インド国民軍3000人・・・・・・・とインパール作戦の兵士は日本軍は圧倒的に多いし、戦死者もインド国民軍の比ではない。 戦後わずか2年で、パキスタンとともにインドは独立したとかいてある。

インパール作戦で亡くなった人・残された家族は、この小冊子だけでも癒されるだろう。

太平洋戦争での日本軍の作戦のうち、最低・最悪・愚作作戦だったことも紹介する冊子を掲載すべきだろう。

遺族も知っているはずだ。 最低な作戦のために我が子を遠いジャングルまで連れて行かれ、殺された・・・・・と。

遊就館の展示物は見るものはあるが、なんだか太平洋戦争を正当化しすぎる。

石破地方創生相は地方創生に苦しんでるようだ。 このさい、靖国神社敷地内にある遊就館を新潟護国神社に移転し、空いた敷地に韓国庭園・中国庭園をつくり、中韓の観光客を靖国神社に導いたりするのはどうだろう。
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by wagayanao | 2015-01-27 22:07
2015年 01月 26日

親睦旅行

1月26日  (月)

昨日・一昨日とお客様の親睦旅行に参加しました。 都内で、喰って・見て・遊んで・飲んで・・・・・・と中身の濃い一泊旅行。
よく強行日程の旅行だと、一通りのコースを短時間で済ませ、終わってみれば「疲れ」にいったような旅行になってしまう。 
それぞれ、『サササッー』と、済ませるわけでなく、全員が納得しながらの行程。

大方の見学コースです。 ↓

お台場・化け物屋敷・そっくり館キサラ・ロボットレストラン・靖国神社・築地場外市場・巣鴨トゲぬき地蔵

靖国神社では、本殿で全員の『お祓い』を受け、敷地内にある「遊就館」を見学。

で、ブログネタとして1ヶ月ほど続きそうなほどの旅行でもありました。

ところで、靖国神社とその中にある遊就館はほとんど撮影禁止区域。 そこで(たぶん遊就館で)当方のデジカメ紛失。
気付いた時は、バス集合時間チョット前。見学コースを逆走し探したが見つからない。 受付嬢に当方の連絡先とデジカメの特徴を言って、バスまでダッシュ。 イヤ―疲れた・疲れた。ゼェーゼェーでした。

夕方5時過ぎに遊就館から「カメラがありました」と電話。 郵送してくれるそうだ。 カメラ本体表面は窪んでヒビ割れし、電源を「ON」にすれば、日付設定画面が出、「OK」ボタンを押すと、赤い字で「フタを締めてください」とエラー表示。 その後やっと、撮影モードに切り替わるボッコレカメラ。

イザ撮影にかかるとピント枠が、隅っこばっかり、たまに四角い枠が正面に合う。

カメラ自体は未練はないが、撮ったデータは思いでなので未練たっぷり。

そんな訳で、旅行の思い出は今日はパンフレットです。

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靖国神社は鳥居を二つくぐって最初の門(神門)がある。鳥居の間にでっかい銅像があったが、誰だか気にもとめなかったが、あとでパンフレットをみれば、「大村益次郎」の銅像だった。 わかっていりゃー手を合わせたのに。

遊就館です。 ↓

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↑のコメントは後日ってとこで、

ロボットレストランです。 ↓

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レストランといっても、食事をする人はほとんどいない。ショ―の合間にビールやポップコーンを注文する程度。
光と音で圧倒されます。 予約制?と開演時間もあるので、すぐには、店内に入れない。待合室も広く設備もゴージャス。

お客で日本人客は少なく、ほとんど外人。 観光地というと中国人ってイメージが強くなったが、ここは欧米系中心。

ショ―も日本語でなく、英語。 もちろんスタッフも欧米系。

この店に3回来た人がいうには、最初は日本人のお客だけ。

2回目に来た時は、それが半々。

3回目は、大半が欧米人になったという。 ショ―の内容も「カブキ」系・「忍者」系と欧米人が好みそうな内容に変わっているという。

今日はここまで。・・・・・・・と。
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by wagayanao | 2015-01-26 21:33
2015年 01月 23日

連休

1月23日  (金)

明日・明後日は親睦旅行で東京見物です。 メインは靖国神社で9時半~12時までたっぷりと見学できる。

靖国神社といっても、他の神社と違うのは祀ってる「神様」が古来よりの天照大神系と違い、戦争で国のためになくなった、いわゆる「英霊」を祀っている。

なら、日本人は一度くらいは参拝すべきだろうとは、思うが・・・・・・・

中韓は「東条英機」を祀ってるのが気に入らないようだが、当方の考えは東条は絞首刑に処せられ、連合国側からみれば、悪党だが、もうすでに亡くなっている。

70年たったいま外交問題まですることは、なかろうに。 また日本も日本だ。 だったら「靖国神社を改革します」ぐらいの意気込みをしめしてもらいたい。

我が郷土、三条・加茂は越後国であった。 奥羽列藩同盟では、会津藩と共に官軍と壮絶な戦いをした。

一般には「逆族・朝敵」だが、越後国・会津藩もそんなこと微塵も思っていないだろう。日本のために薩長土肥と戦争をしたって感覚だろう。

越後国・会津藩士の英霊を祀らない「靖国」だったら、意味はない。

お国のために亡くなった人を祀るべきだ。

で、 明日・明後日のブログはお休みです。 014.gif
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by wagayanao | 2015-01-23 21:38
2015年 01月 22日

許認可

1月22日  (木)

さしたるネタもないので、許認可について。

規制緩和という方向に向かって15年以上たつだろうか? おかげで当方も水道指定工事店の許可をとることができた。

水道工事店以外の他の様々な業界・会社が新たに市・県・国の許可をもらい、営業するには技術者・資金力・信頼性・経験・実績と問われるのは当たり前の話だが、それを盾になかなか新規の会社を認めない傾向が多かった。

許認可をもらうに、必要な書類を提出すれば市・県・国は条件を満たしていれば、拒否できない。

信頼性・推薦状などの評価をもらうには、同業者・組合などから記入してもらうのが一般的だが、同業者・組合は新規の店ができれば、競争が増し、単価が下がる恐れが充分にあるから、なかなかそんな書類はもらえない。

まッ、悪徳業者を認めないって程度の規制は必要であり、信用力・実績のある会社でも不祥事は間々ある。

そんな時は3カ月とか半年の営業停止の処分が下されるので、許認可という行為は悪ともいえない。

ただーーーーーーーーーーーーーー

町で走っているダンプには、ほとんど「産業廃棄物収集運搬車」のステッカーが貼ってある。

その許可を持っている会社もステッカーを貼ってないと違法だなんて馬鹿げている。
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by wagayanao | 2015-01-22 20:42
2015年 01月 21日

菩提寺と許認可権限

1月21日  (水)

当方の菩提寺は加茂の定光寺。 宗派は曹洞宗。 なにも曹洞宗の教えや、開祖様にあこがれて定光寺を選んだわけでない。

先祖様の菩提寺が定光寺だけの理由。 先祖様もたまたま近くに定光寺があったので、檀家になったにすぎないと思う。

曹洞宗の総本山は神奈川県にある。 末寺の数は全国でどれほどの数になるか、検討もつかないし興味もない。

加茂近辺(中越地区?)に10数件の寺があり、年に1回の祭り事は、順番で各お寺にまわるそうだ。

去年は定光寺が当番寺?で各寺の住職を招待するため、本堂の畳張替が、古来より決めてあるそうだ。

で、我が家にも畳張替請求書がきた。たった1枚の畳が¥20,000也。

まッ3年前の父の葬儀でお世話になったわけなので、「ポン」と支払いはしたけども・・・・・。

△ 曹洞宗に限らず、仏教寺院は総本山があり、末寺が全国に分布している。 総本山は末寺から上納金を召し上げる仕組みだが、総本山は末寺に対しどれほど協力はしていない。

金をとるだけの総本山では末寺が可愛そう。 ちなみに、ヤクザの世界でも上の組に上納金を納めるのは同じだが、ヤクザの本部は支配下ヤクザに対し、安全と収入源は保障している。

総本山と末寺の関係は冷え切ってしまっているが、明治維新以前の時代では日本国運営上なくてはならない組織だった。

昨日のブログで、関所を通過する際のパスポートの役目をする『通行手形』の発行は各地の菩提寺である。

当然、発行する際には発行料のほかに賄賂も要求しただろう。

末寺が裕福になれば、仕組み上当然総本山も売り上げは多大。 今でも「門前町」という地名が全国にある。

総本山というだけで、参拝客や、それを目当てにする商工業者が集まり大都市を形成している。

△ 当時の日本政府である、徳川幕府・室町幕府もお寺の管理は最重要していた。

江戸時代の寺社奉行・勘定奉行・町奉行は三奉行と呼ばれ、勘定奉行は文字のごとく「国家財政」を担当。 町奉行は北町奉行の遠山の金さんのように、警察・裁判所の権限を与えられ・・・・・

寺社奉行は単なるお寺の管理でなく、お寺を通して、戸籍の管理をしていた。今の行政の法務省・市町村の市民課の業務である。

江戸時代・室町時代のお寺は「末寺」であっても、許認可権限で潤っていたんですね~~~。

それが、明治に入ると神社は優遇されたままで(天皇の関係で)お寺は悲惨だった。 国家が廃仏毀釈と弾圧にかけたんですね~~~。 それに戸籍の管理は没収。

それやこれやのうちに、少子高齢化社会になり、檀家が増える訳でもない。 数少ない檀家も「菩提寺」を捨て、宗派を問わない「共同墓地」に埋葬し、永代供養を払って、「ハイ・オシマイ」の時代になりつつある。

そんな時代だからか、畳1枚¥20,000の借り換え賃を請求されるんでしょう。

まッ 当方もいつかは菩提寺である「定光寺」様にお世話になるんで、ありがたい「お経」を挙げてもらいたいもんだ。

△ あッ そうそう・・・・末寺でも一つだけ「許認可権限」が残されていたんです。

菩提寺に埋葬された「遺骨」を他のお寺に写す場合、菩提寺の証明書が必要なんですね。 それが残された末寺の権限です。

勝手に遺骨を移動すると、「死体遺棄罪」・「遺骨遺棄罪」の罰せられる。 明治新政府も「廃仏毀釈」と荒っぽく「お寺」様をないがしろにしたけれでも、人間最後の最後の許認可権限を「末寺」に残してくれたんですね。
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by wagayanao | 2015-01-21 22:10
2015年 01月 20日

都合

1月20日  (火)

今日は仕事の都合とこれから「サッカー」があるので、急いで投稿です。

日本政府は中国人観光客限定で「ビザ」発給の条件を大幅に緩和したとか、するとか。

日中間の歴史認識・領土問題とギクシャクを改善する第一歩なのか、円安で海外からの観光客を増やし、日本経済を少しでもよくしようとする、アベノミクス「第4の矢」なのか、どっちにせよ、安倍内閣の都合だろう。

なにも政権側の都合でなく、いいものは、ドンドンやるべきじゃないかな? 

ビザ発給条件は国家間の友好状況や、受け入れ国の内政で条件が違うのはわかる。戦後数10年の敗戦国日本は、観光旅行でもなかなか、「ピザ」は発給してもらえない時代もあった。

今のアメリカは知らんが、以前はハワイ・グアムは「ビザ」不要で入国できたが、アメリカ本土へは「ビザ」は必要。

△  外国への旅は「ビザ」の他、「パスポート」は必ずいる。 「パスポート」は日本政府が証明する身分証明書のようなものだが、旅行者本人の保護を依頼するような文言が書かれいる。

なんだか、本人が旅行中に危害を加えられたら、日本政府は黙ってないぞ!!と相手国に威嚇している感じもしないわけではない。

△  日本の明治以前はどうかというと、各藩の境界で関所があり、自由には往来できなかった。

パスポート・ビザ代わりに「通行手形」があり、その発給元は地元の菩提寺。 当然発給してもらうには、「お布施」の額による。
また、正規な通行手形でも関所の役人はなかなか通してくれない。通行手形の確認などを装い、3・4日足止めしたり、関所を通せない場合が多い。
そこには、当然、関所の役人に賄賂を渡さないといけない時代が長かった。

ただ、「伊勢参り」や「六十六部」など仏教修行者などは、無条件で往来を許可された。

△  江戸時代の関所は女性には特に厳しかった。 正規の通行手形でも、賄賂でも、審査は厳重。裸にさせられたり、髪をほどかれたり、・・・と。 役人が好色もあっただろうが、参勤交代などや藩主の妻を人質にしていた時代だったのが影響したんでしょう。

まッ どの時代もどこの国も国家間の往来は都合があるってことなんですね。 
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by wagayanao | 2015-01-20 17:27