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2011年 01月 07日

地名と歴史 その2

1月7日  (金)

昨日に続き 【50歳からの歴史の旅】からの紹介です。  興味の無い方はつまらないブログになりそうです。

順不同で紹介します。

大伝馬町・小伝馬町
徳川家康が天下を平定し、江戸に入ってきた時は、「千代田村」・「祝田村」・「桜田村」の3つしかなかった。それを開拓・整備し、日本橋方面の埋め立てがすむと、漁民に輸送業(伝馬約)の特権を与えた。 他に水道関連の「水道橋」・「江の頭」?など公共事業の名残りの地名がある。

愛知
「あゆち」というのは「海から吹いてくる幸福の風」だと万葉以来、古代日本に伝えらていた。
そこから愛知県と呼ぶらしい。
「幸福のかぜ」とは(あえの風)のことだという。
隣県の三重県の「伊勢」は、もともとは「磯」(いそ)のことだそうだ。そして、この場合の磯とは、「常世国から寄せてくる幸福の波を受け止める岸辺」のことだそうだ。

岐阜
織田信長が拠点を美濃に入って岐阜にかえたのは、中国の武王が拠点とした岐山(きざん)の名をそのままもらうのは遠慮があるので、「山」を卓(丘)と少し低くして自分の拠点名とした。
織田信長も人の言う事をきかない生意気な若造と思ったけど、以外な面もある。

おまけ

家康の代で一国一城の定めができた。もちろん反乱を防ぐためであるが、例外の国が二つあり、一つは尾張国で、名古屋城と犬山城がある。
犬山城は付け家老として派遣された「成瀬」氏のために犬山城が認められた。 現代風にいえば株式会社「徳川」から派遣した社員を社長にしている「犬山城」ということだ。
それが代々続いて、徳川を滅ぼした明治新政府によって、「成瀬家を大名に列する」という扱いを受けた。
これが日本の城の中で珍しく「個人所有の城」といわれてきた。 今は犬山市の当時の石田市長が「どこかの段階で所有権は市にうつったはず」と主張し、所有権を争ってるらしい。

指宿

指宿だけの文字だと読めないけど、指宿温泉と書けば読める。 正解は いぶすき  指宿の語源は湯豊宿(ゆほすき)・湯富宿(ゆぶしゅく)からきたという。

他に鹿児島県には、姶良(あいら) 川内(せんだい)と難読な地名がある。

この本ではこれ以上の解説がないが、我が家流の解釈をすると、ヤマト朝廷に攻略されて人質にされた蝦夷(エミシ)がこの地にほおり出され、アイヌ語に似たような地名になったと考える。
北海道には屈斜路や紋別、富良野などアイヌ語を無理やり漢字に直した地名がたくさんある。
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by wagayanao | 2011-01-07 20:18


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