我が家のパート5

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2013年 02月 11日

竹島と司馬遼太郎

2月11日  (月)

花神の上を2/3ほど読んだ。主人公の、村田蔵六はまだ町医者の存在だ。

で、蔵六と桂小五郎が初めて会談?して 時勢の話でなく「無人島の竹島」からだった。

落ち目の韓国大統領が竹島に上陸した前後に読んだ?本?雑誌?に島根県の藩が幕府の問いに答えた書状があったそうだ。
そこには、竹島は朝鮮領で住民はいないようだが、朝鮮の漁民が訪れる・・・・という。

で、その本?雑誌?を探したが見当たらない。 司馬遼太郎の「この国のかたち四」に少しばかり日韓領土問題が書いてあった。
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豊臣が日本を統一する以前は対馬藩として「宗」氏が支配していた。 徳川時代になると宗氏対馬藩を特別扱いにし、1万石を援助し朝鮮外交の事務を負わせたそうだ。
ところが対馬藩は朝鮮からも米百石援助してもらったりもした。
その後、朝鮮の外交官である「申維翰」は対馬は朝鮮の一州県」にすぎない・・・という。

もっとも そういった考えは中国も同じだが世界の中心は自分の国であり、自国の影響の及ばない周辺国家は藩国である。ようはカスみたいな国だという。
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本題の竹島が「花神」に書いてある。
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村田蔵六が桂小五郎に初めて会った時の話が竹島問題だった。

時期は桂小五郎が25・6歳。 年代は安政5・6年で、まだ井伊直助は殺されていない。
吉田松陰も安政の大獄で牢屋に入れられたが獄中では、桂小五郎とも何回も話し合っている時期です。

まだこの時期は竹島は朝鮮領とも日本領ともついていないようだ。高杉晋作は奇兵隊をもって竹島を占領しよう・・・と桂に語っている。

大政奉還後は三菱の創始者の岩崎弥太郎は竹島へ探検にも行っている。
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▼ 竹島・松島と江戸時代のやり取りを書いた本?記事?雑誌?が思いだせない。 まッ どう転んでも400年・500年前から竹島は、日韓領土問題としてあったことは事実なんですね。

注意
▼ 対馬と竹島は全然違います。 位置も島の大きさも歴史も。
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by wagayanao | 2013-02-11 20:30


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