我が家のパート5

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2014年 07月 05日

大津波

7月5日  (土)

昨日の続きのブログになるが、今日は土曜日なので朝日新聞に『磯田道史』の連載記事が載っています。

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連載開始から3カ月以上?はたつと思うが、古文書などの記録で地震・津波の被害状況や人々の避難のしかたや生活ぶりを紹介している記事です。

鎌倉幕府ができ、建保元年(1213)・仁治2年(1241)・永仁元年(1293)に鎌倉近辺で地震・津波の記録が残っている。

当時の鎌倉幕府の官邸を現在の鶴岡八幡宮とすれば、由比ヶ浜から2.2Kmの距離。 海岸から若宮大路で一直線の位置。
その中間に横須賀線の鎌倉駅が由比ヶ浜から1.2Kmほどの位置にある。

仁治2年の地震・津波で記録では、由比ヶ浜の八幡宮の拝殿が流されたという。 現在の地図を見ると、由比ヶ浜から800mほどの位置に卍由比若宮という神社があり、その付近の地名?は元八幡だ。 

当時の鎌倉の住人は10万。平野部の漁民・百姓・町人の2・3万人が山手へ一斉に避難。 大地震があれば津波が押し寄せてくるのを知っていたんですね。

避難する住民はといえば、今でいう高額収入者。 一時も争って避難するわけだから家の中には食糧・金目の物はおいて逃げる。

浮浪者はビッグチャンスとばかり、津波などは恐れない。 空き家になった所から掠奪だ。

3・11で掠奪など起きない日本を世界が称賛したが、1000年以上昔の日本も掠奪はあったんですね。

「貧しい」のは、金銭だけでなく、「心」も含まれているんでしょう。

鎌倉幕府の勢いのあったのは、源頼朝から3代までで短命。 源から北条・足利が政権が変わり、政局は不安定になり、
津波で浮浪者の掠奪を指示するものが現れ、今でいう「反政府勢力」の台頭が始まる。

イラン・中国・アフガニスタンの内戦は、不平分子(浮浪者)の格好の活動の場を与える。 

貧困国でもないアメリカもハリケーンで掠奪はおこっている。

掠奪のない日本はなんと平和な国なんでしょう。
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by wagayanao | 2014-07-05 22:05


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