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我が家のパート5

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2014年 08月 01日

辞世の句

8月1日  (金)

月刊誌「清流」9月号が届いた。 パラパラと読むと、見開きのページの最後の方に『高杉晋作』の辞世の句が載っていた。 ↓

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辞世の句_b0193252_214521.jpg


本文と辞世の句は、あまり関係していない気もしないではないが、その『辞世の句』は なかなかの名文。

↑の記事の拡大です。 ↓

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下の句を望東尼もとに)という尼さんが付け加えたといのは、始めて知った。

ネットで調べたら、病床の晋作が筆で「上の句」を書き、それが限界で筆をおいたそうだ。 見舞っていた尼さんの『望東尼』が下の句をつけてくれて、晋作は微笑んだという。

上の句
面白き事も無き世を面白く

単刀直入に解釈すれば、【面白くない世の中を面白く】 ってことでしょうが、元気な頃の晋作と違い、今は病床でこの先の運命も自分は知っていたのだろう。 それを五・七・五で詠い・・・・・・
筆を置いた。


見舞っていた『望東尼』も女性であるが志士をかくまったり、和歌の心もあった。

下の句
住みなすものは 心なりけり
七・七をいれてくれた。 みごとな五・七・五・七・七に出来あげっています。

晋作がほほ笑んだのは、下の句で、解釈により「辞世の句」にもなるし、自分の意思を残った志士に伝えることもできた。

一般の解釈は・・・・・

自分の気持ちや考え方次第で、人生は面白くもつまらなくもなる。

ついでで申し訳ないが、以前のブログで「東条英機」の辞世の句を載せたことがある。

有為の奥山 今日越えて 弥陀のみもとに 往くぞうれしき 仏教の「いろはにほへと」から取った、盗作のような辞世の句。 せめて何百万人も戦争で死んだのだから、自分の死に際しての『句』としては、怒りもこみあげてくる。

ついでのついでで申し訳ないが、京都の「大河内山荘」で書写したものです。 ↓

辞世の句_b0193252_21455166.jpg


良寛さんの辞世の句だそうだ。  さすがは良寛。

当方はまだ「辞世の句」は早いが、騒がしく鳴いていた「セミ」が木からポトッと落ちていく死にざまもいいもんだ。

by wagayanao | 2014-08-01 21:52


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