我が家のパート5

ryoumasana.exblog.jp
ブログトップ

2012年 01月 21日 ( 1 )


2012年 01月 21日

お歳暮と年始

1月21日  (土)

年末から、「お歳暮」についてブログを書こうと思ってたが、書くときには忘れて、「ネタ」がない。 「ネタ」がない。・・・と悩む。

1月5日の朝日新聞の記事をみて、今度は「年始」について書こうと思っていたが、また忘れている。 今日まで「ネタ」がない。「ネタ」がない。・・・と悩んでいた次第であった。

今日は「お歳暮」と「年始」の話となります。

商売柄「お歳暮」と「年始」は数は少ないけどお客様にそれを持って挨拶にいかねばならない。

お歳暮は12月中旬から月末まで、一年間ありがとうございました・・・と2週間位の短期勝負だ。

いつも悩むのが、「年始」だ。

1月イッパイは許される範囲なんだろうが、たまにしか仕事をくれない「お客様」は【ついで】の時でもいいか・・・と悩む。

その【ついで】の時期が2月はまだ許されるだろう。 3月に入れば「年始」としての挨拶はチト恥ずかしいかな?

いや そうじゃない。 たまにしかの付き合いなんだから、「盆」までの間に最初にあった時が「年始」だ。 ・・・と開き直ったこともあった。

こんな悩みはオレだけではないようです。

まずは、1月5日の朝日新聞から紹介します。

b0193252_2062991.jpg


赤枠には1551年とあるので、上杉謙信と武田信玄が川中島で戦っていた頃の時代です。

本願寺の坊様に細川大名から送られた贈答品の半分は、自分が他の三好大名に送った贈答品だったそうだ。

ようは 「たらいまわし」。

赤線は贈答品の目録だけを先にやり、後日「清算」するそうだ。

これは合理的だ。 お互い1万円相当の目録をやりとりすれば、「清算」はプラス・マイナス「0」ということになる。


時代は下って、江戸時代の贈答です。 

情報はこの本からです。

b0193252_213325.jpg


江戸初期の秀忠・家光の頃は、職務権限に関わる進物は「賄賂」として禁じていた。

ところが誰かがやると、一斉に諸大名が幕府に贈り物をするようになった。

盆暮れ 以外に 参勤交代の度に江戸へ出発するときや、地元へ帰れば、必ず 御機嫌伺いや、お礼の献上品を送ったという。

献上品は主に地元産の「鰹節」・「ミカン」・「塩辛」など。

それが 段々と藩の経済の重荷になってきた。8代将軍吉宗の頃になると、幕府も財政難。

諸藩も同じ。

土佐藩の「鰹節」はワザワザ土佐から江戸へ送ったのでは、郵送費が高くつく。 そこで江戸の魚屋から「鰹節」を仕入れ、「土佐産の鰹節」と称して献上したそうだ。

送るほうも貰う方も、余裕があれば儀礼で済むが、藩財政が圧迫してきたり、給料カットなどが行われれば、綺麗ごとは言ってられない。

田沼意次時代は昇進などに「礼金」を贈るのが当然となってきた。

時代劇でお代官様に庄屋が「饅頭」と称して、饅頭の中に「小判」を包んだように、賄賂として問題視される恐れのないように、工夫していたそうだ。

「贈答品」と「賄賂」の一線はどの時代でも微妙だ。 この時代に政治資金規制法でもあれば、ちゃんと報告書に書けば合法だ。

金額が多いとこれも難しい。

金額は忘れたが、小沢さんは どう処理したんだろう。

金額が金額で寄付者が寄付者だけに、 水沢建設から5000万円献金。なんて報告はできないだろう。


いつものことだが話題がついそれてしまう。

当社は今度から、「お歳暮」・「年始」は目録だけにしよう。半年後に清算し、「10万円」の目録をやった取引先には、まだ10万円分の仕事をもらってませんッて手がある。 041.gif
[PR]

by wagayanao | 2012-01-21 21:23