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2013年 09月 20日 ( 1 )


2013年 09月 20日

ほ・ほー 魚付林

9月20日  (金)

先日義姉(女房のおねーさん)から これ読んでと本が送られてきた。

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↑ この170・171ページだけで1週間以上のブログネタになりそうだ。

冒頭の『魚付林』は江戸時代から漁師さんは、海辺に近い森は大切だってことを知っていたそうだ。

プロジェクトXでも襟裳岬の昆布猟を復活させようとした、「飯田常雄さん」を思い出す。

最初は一人で黙々と植林をし、20年?後に見事に昆布が捕れるようになったストーリー。

今では「えりも漁業共同組合」は昆布だけで年間40億円。秋から冬はサケで40億円。
襟裳岬は風速10m以上の日は年間270日もあり、地元の人は風速15m程度ぐらいは微風ぐらいにしか思っていない。

営林署は砂防林という名目で、植林に取り組んだが、なんせ風が強くてうまくいかない。砂の上に直接「苗木」を植えるのは不可能なので、まずは下草からと種を植えても、それも強風で飛ばされ、植林事業そのものを中止する寸前だったそうだ。

ところが地元漁民のアイデアで「ゴタ」と呼ばれる、浜に打ち上げられた海草をかぶせてみると、草がうまく育ったという・

海草のネバネバが種を飛ばさないで、「ゴタ」が腐って肥料にもなったそうだ。

営林署はその「ゴタ」を大量に漁民から買い上げ、漁民も思わぬ副収入。 それでも草を生やすに15年。その後の植林も苦労したそうだが、事業開始から40年で砂浜を森に復活に成功したそうだ。

海の復活は半ば成功のようだが、それだけではなかった。

せっかく植林に成功しても、冬になると土が凍って苗は枯れてしまう。 そこで何本も海に向かって溝を掘り、地下水位を下げた。
結果的に森から流れた水がその溝で海に流れでて、鉄分を含んだ森の水と親潮の窒素・リンを含んだ養分の組み合わせが植物プランクトン・海藻を育て、豊かな漁業になったそうだ。

もとはアイヌ人しか住んでいなかった襟裳だが、明治初期に本州から和人が移住し、人口が増え、燃料用に森を伐採し、家畜の放牧で一気に砂漠へと激変。
それを取り戻すのに相当な時間・金・労力を使ったんですね。

▼ なんだか汚染水が海に流れ出すのを防ぐために原発敷地内に氷の壁を作ろうとしているが、何のための原発なのか? ただ電気料金を安くするだけの原発?
疑って考えれば 核兵器を持てない日本はその技術だけでも確保しようと、平和利用という名目で国家政策で原発を開発・維持しているように思える。


おまけ。
▼ 171ページには数行でしか書いていないのでよくわからんが、ステッセル将軍がかぶっている帽子は「フノリ」でできてるんでしょうか?

たしかに『フノリ』を漢字でかくと、『布海苔』。  海苔の布だから、帽子どころか服・ズボンも作れそうだ。

臭いだろう。
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by wagayanao | 2013-09-20 21:09